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2004.04.10

桜と『言葉の力』大岡信

桜のピンクの色で染めるのって、あの花びらではなくて開花直前の木幹皮からが綺麗な桜色が得られるんですね。樹液もピンクだったとは。
これだけでも「へぇ〜」だったのですが、さらに学校の国語教科書からの文も印象深い。
桜花の色の元は大きな幹から来ている。だからあの小さく美しい裏には大きな意味と理由がある。
だから口から出た言葉は大きな思慮があった結果なのだということを常に心に留め置いておきたい。
言葉を海面から見えている氷山の一角と例えられることもありますが、桜で『言葉の力』を論じるとはモノ書きの方々の綴る文章には感心させられます。
こういうものは読んでいて「ほぅ」と感心できて気持ちいいものです。説教臭くないし難しくないし。
シナリオのアイデアや知識に長けているだけでなく、たくさんの人に読ませる魅力やテクのある文章力も揃うとさすが。
というか素直に読む側が楽しい。

『言葉の力』大岡信

人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のど
れをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、正しいと決まって
いる言葉はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の
人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本
質が、口先だけのもの、語彙だけのものだはなくて、それを発している人間全体の世
界をいやおうなしに背負ってしまうところにあるからである。人間全体が、ささやか
な言葉の一つ一つに反映してしまうからである。

京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、志村さんがな
んとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。そのピンクは淡いよう
でいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、はなやかで、しかも深く落ち着いてい
る色だった。その美しさは目と心を吸い込むように感じられた。

「この色は何から取り出したんですか」
「桜からです」

と志村さんは答えた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出
したものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒
っぽいごつごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。志村さん
は続いてこう教えてくれた。この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。桜
の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、
えもいわれぬ色が取り出せるのだ、と。

私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、間
もなく花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸
命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからで
ある。花びらのピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液のピンクであ
った。桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほ
んの先端だけ姿を出したものにすぎなかった。

考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない活動の精
髄が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎないのだった。しか
しわれわれの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ出たピンクしか見えない。た
またま志村さんのような人がそれを樹木全身の色として見せてくれると、はっと驚く。

このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないかという
気がする。言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。一見したところぜ
んぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花びらの色を生み出している
大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に背負っているのである。そういう
ことを念頭におきながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そ
ういう態度をもって言葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉
の、ささやかさそのものの大きな意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言
葉、正しい言葉というものも、そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。
(中学校『国語2』、光村図書出版、平成3年版)

写真素材 PIXTA
(c) pinerose写真素材 PIXTA

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最近バタバタしていて、すっかり更新していませんでした。でも、桜はなんだかんだと見 [続きを読む]

受信: 2006.04.13 22:14

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