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2004.08.09

長崎の平和祈念の日

今日は長崎に原爆が落とされた日で、このとき長崎の街は一層の祈りに包まれていると思います。

イラク情勢では外国軍だけでなく同じ国民までを傷つけることが続いており、こんな憎悪渦巻く様相が世界中で起きています。
ああいう怒りと暴力を見ていると、長崎は違うなと思えてきます。
長崎の人は原爆を恨みはしてもそれでテロに加担したりさらに誰かを傷つけたりの連鎖をやりません。
長崎市出身の私も、親族に被爆者はいますが、アメリカが憎いとか怒っている者はおらず黙して語らずな印象でした。
今なおアメリカと同じキリスト教を信仰し教会で祈りを捧げている人ばかりです。
(平和授業はさんざんあったが、日常生活では体験談とかは家族ではやらない風潮もあった)

そういう長崎の様子を見て思うことは、もしかしたら原爆は長崎自身が呼んだのではないか?ということ。
つまり、世の中があまりにも狂っていてその行き場の落しどころを求めていたところを長崎が「ここへ…」と受け入れたのではないか、と。
他のところでは怒りの連鎖が生まれてしまう、だからどこにも決して落としてはいけない、ならば私が…。
ナガサキの祈りをもってすれば、連鎖を断ち、耐えることができるかもしれないから、もうこれ以上他の人を傷つけたくないから。他所へ行ってくれとは言わずに。

そういう大いなる導きでこういう歴史になったのではと思うのです。
キリスト殉教の精神が綿々と続いているようです。

8月9日の祈りの日に。

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長崎の精霊流し

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